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今の日本サッカーって絶対に極端な指導が横行していると思う

 かつての日本代表ってどんなイメージでしょう。

「黄金の中盤」と言われた時代があるように、中村俊輔、中田英寿、小野伸二などパスの名手、「人を使う側の選手」が多くありませんでしたか?

キラーパスとか言ってもてはやされましたよね。

では今の日本代表はどうでしょう?

「人を使う側の選手」っていませんよね。いたとしても、中村憲剛、遠藤保仁などベテランで「黄金の中盤」と似たような年齢です。

(鹿島アントラーズの柴崎岳くらいでしょうか?)

 

僕はフットサル場でサッカーのジュニア世代が練習しているのを見たことがあります。

ひと目でわかるのですが彼らが目指しているのはバルセロナです。

どこに行ってもバルセロナを目指しています。

僕は育成に携わったりしている人間じゃないので詳しくわからないんですけど、練習をぱっと見た感じだとパスを回してばかりで全く個性がないんですよ。

みんな同じプレーを選択している。

(フットサル場だということは加味しなければいけないと思いますけれど)

 

バルセロナだってダニエル・アウベスみたいに上下動を繰り返し、パワフルさが特徴のドリブルでガンガン切れ込んでいく選手がいてチームが機能していたのにそういうプレーは禁止されている感じ印象すら受けました。

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ここでさっきのプレースタイルの話に戻るんですが、今の日本代表って「使われる選手」ばかりで「人を使う選手」がいないですよね。

一昔前はあんなにいたのに。

これは僕は絶対に極端な指導が横行しているせいだと思うんですよ。

 バルセロナがいいと世の中がなったらそれ以外は全部切り捨てて極端に走ってる。

そんな印象を受けます。

でも中には人を活かすタイプの選手もいるだろうし、テクニックはないけどフィジカルがあるからそこで勝負する選手もいる。

そういう選手の個性を全部無視した極端な指導が横行している気がどうしてもします。

サッカーの試合になったらロングボールだって使えなきゃいけないし、カウンターだってできなきゃいけない。下手くそでも守備ができる選手が必要な場面もあるだろうし、テクニックはなくても身体能力の高い選手が相手に脅威を与えることもある。

サッカーが進化を続けるときに人材の多様性は必要不可欠なはずなのに、バルセロナだけやってれば強くなる、と思っている気がするんです。

今回の東アジア大会の結果を見ても分かりますが、育成の段階でロングボールやハイボールを排除するからアジアでも高さで簡単にやられる。

日本に必要な長身の大型FWが育たないのは高さを軽視した極端な指導のせいで切り捨てられているからだと僕は思っています。

高さに強いDFも使われないですよね?でも近年W杯でもっとも結果を残したのは闘莉王と中澤の長身DFのコンビです。闘莉王はブラジル出身。中澤は日本の育成からこぼれ落ちた異端児です。

そういうところをもっと真面目に考えないと日本サッカーはどんどん衰退すると思います。

 

 

以前Jリーグラボで城福さんが

 

そのマイ・フェイバリットは、バルセロナのように徹底してつなぐ技術や戦術知識を磨くことでもいいし、ドリブル突破の技術を叩き込むことでもいい。
堅固な守備を構築することでもいい。あるいは、徹底的に走力を鍛えて、どんなチームにも走り勝つサッカーを追求してもいい。

その際、大事なことは、「何かを追求すれば、失う何かがある」という自覚を持つこと。
マイ・フェイバリットを研ぎ澄まそうとすれば、それとは異なる才能の持ち主を潰してしまう可能性がある――。
それを肝に銘じて指導するのと、無自覚なのとでは大きく違う。もし自覚していれば、
追求するものとは真逆の才能を持つ選手を、異分子として意図的にチームに組み込むという発想も生まれてくる。

 

 

とおっしゃっていましたが本当にまさにその通りで、自分の理想とするサッカーを追求するのはいいと思うのですが、その際に何か才能を潰しているという自覚を持って欲しいですね。

そしてその意識から生まれる多様な人材の確保こそが日本サッカーが強くなるために必要なことだと思うのです。