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ブラジル対ドイツ この試合にこそサッカーの魅力が凝縮されていた

2014年サッカー

「サッカーの試合とは絶対に一人では成立しない。君たちの人生も同じじゃないか」

「私にとって、サッカーは人生そのものだ。人生からは逃げられない」

「やったことが返ってくるのが人生というもの。もっと走るべきだし、タイトにプレーすべきだ。全てが返ってくるのだからやらなくてはいけない」

「サッカーは人生のようなもの。勝敗を分けるのはほんの小さなニュアンスである」


これは全て名将、イビチャ・オシムが語った言葉です。
オシムが放った言葉はこれから僕が書く内容とはニュアンスが違うと思います。
それでも今日の試合を見て本当にこの「人生」という言葉の意味、そしてサッカーの持つ魅力・・・いや魔力を思い知らされました。そしてサッカーというスポーツの本質を・・・。



このようなスコアになった原因ですがネイマール、チアゴ・シウヴァがいなかった影響を抜きに語ることはできません。
ただ、この二人がいなかった理由は他のスポーツでは考えられないような要素が含まれています。


まずチアゴ・シウヴァ。
累積警告二枚で出場停止だったわけですが


・・・他の競技でこんなことってありえますか???


アイスホッケーならば反則で退場をしても、しばらく時間がたてば試合に戻れます。
バスケットボールは5ファールで退場ですが次の試合に出場できないなんてことはあり得ません。

サッカーは何故かその試合では精算できないほどの罪を背負わされることになる。



でも、あなたの人生はたった一回の失敗が取り返しのつかないことをまねきませんか?
その場かぎりで精算できるなんてことがありますか???





たしかにバスケットボールやアイスホッケーのようなルールは合理的だと思います。
サッカーは明らかに理不尽だ。

でもそれは人生そのものを表しているんです。


そしてこれだけの罰則を設けてきながらサッカーにはビデオ判定がありません。
準々決勝のコロンビア戦でネイマールが負傷退場しました。
そのプレーで怪我をさせた選手は退場しましたか?
実際にイエローカードすら出ていませんね。
ビデオでプレーを見直すことすらしない。著しく不合理で理不尽なことです。


しかし実際の人生でも同じです。
例えば同じ犯罪を犯しても

無罪の人間と有罪の人間がいる




実際に同じ犯罪を犯しても、それがばれずに罪を問われない人間がいます。
一方で罪が明るみになり、刑罰を受ける人間がいる。
さらにいえば犯罪を犯した上で権力で揉み消す人間すらいる。
これっておかしいですよね?明らかにおかしいです。


でもこれって人生そのものだと思いませんか?

だからサッカーは狂気に満ちた魔力を持っているんです。




もう少し競技面に踏み込みます

時間稼ぎ



他の競技では成立しません。
競技が止まっている時間は時計が止まっているからです。
サッカーというスポーツはどんなに時間稼ぎをしても帳尻合わせのようにロスタイムが付け加えられるだけ。
どんなに卑怯でも勝つためには有効な戦術です。


やめたらいいんです、時計を止めてしまえばこんなことはおこらないんです。
でもサッカーというスポーツは決してそれをしません。

人生だって嘘でも卑怯でも勝利は大切なことだと思いませんか?
人生で時計を止めてもらえますか?
それと全く同じことです。




サッカーは点が入りません。
どんなに攻められていても、判定勝ちなどあり得ません。
実力で劣る弱者がたった一回のチャンスで
強者に勝るという不合理が行われやすいのです。


サッカーでは便利な手を使わずに、不便な足を使うことを強制されています。
ですからミスが起こりやすく、戦術の有効性が十分ではありません。
手を使うスポーツに比べて、不確定要素が強すぎるのです。

しかし、それでも万難を排しゴール前に迫ると

何故か手を使う特権をもった人間が立ちはだかっています。



今日の試合を見て、あのノイアーという男がいなかったらと何度思ったことでしょう。
なぜ僕たちの使えない手を彼だけが使えるんでしょう?



サッカーはタイムアウトが使えません。交代選手もたった三人しか使えません。
今日の試合でブラジルは二点目を取られた後にタイムアウトが取れればどんなに良かったでしょう。
でもサッカーにタイムアウトはありません。
たった三人の交代選手をあのタイミングでは使えません。

三点目、四点目、五点目と、ほんの短い時間にブラジル代表が転げ落ちていくのをただ見ていることしかできないのです。
まるで人生のように一瞬で努力のすべてがふいになって転落していく。
人生でタイムアウトが使えますか?ちょっと待ってくれといって待ってもらえますか?


だからブラジルの国民は泣いたんです。
人生と同じような理不尽に。
自分の人生と重ね合わせたのかもしれない、わけもわからず泣いたかもしれない。

しかしあの光景こそがサッカーの、そして人生の本質を表していると僕は感じました。



他のスポーツで戦争が起きますか?
他のスポーツで選手が殺されますか?


サッカーというスポーツには悪魔の魔力があるんです。
スポーツのさわやかさなんかでは決してない、人生の理不尽さ、狂気。




今回のW杯でゴールラインテクノロジーが取り入れられましたが、サッカー界において合理性を獲得するための改革はほとんど行われません。
合理性や近代化を推し進めるオリンピックは激怒しているかもしれませんね。
合理的な考えを持つアメリカ人がこのスポーツを嫌いなのはもっともだと思います。

それは多分・・・多分なんですけれど

サッカーの本質的な魅力である理不尽さをなくしてしまうからなんだと思います。
誰も大声を出して言わないけれど、本能で理解しているのです。

これではフットボールがフットボールでなくなってしまうと・・・。




そしてそれこそが、世界ナンバー1のスポーツの最大の魅力なんだと・・・



また、言い足りないことがあります。
このテーマとはほとんど関係ないですが次はスポーツメディアについてです。
主にこの件についてです。

暇があればでいいので見てください。


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